2014年09月17日

29年振りの再会 その2(中井広恵元将棋女流名人と)

中井広恵ちゃんと.jpg

(中井広恵元将棋女流名人、女流六段と
於 埼玉県蕨市民公園)



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昨日の「29年振りの再会(中井広恵元将棋女流名人と)」
の続きとなる。

http://taiyoukansibitosuu.seesaa.net/article/405464703.html?1410861777


中井広恵元将棋女流名人と初めて会つたのは、
私が15歳、奨励会3級の頃である。

当時、中井さんは小学5年11歳。
第6回小学校名人戦で準優勝してゐた。

女子でしかも小学5年生での準優勝は快挙である。


小学生名人戦は、ベスト4に入れば、
準決勝戦と、決勝戦がNHKで全国放映されるので、
一気に全国区で名前が知られることになる。


私も小学6年の時、全国ベスト16までいつて、
あと2番勝てばテレビに出られるところだつたが、

1番目で優勝者の達正光さん(後のプロ七段、故人)
に完膚無きまで叩きのめされ惨敗した。

実力の違ひを見せつけられたのである。


しかし私の実力としては全国ベスト16は上々の出来で、
ベスト16商品のスポルティングバッグを貰ひ、
誇らしげに家に持ち帰つたのを憶へてゐる。

優勝者の達さんは、翌年の中学生名人戦でも、
一年生ながら優勝し全国制覇、その年の秋に、
奨励会に入会したエリートであつたのだ。

私も一年遅れて翌年に奨励会入りしたが、
達さんは遥か上のクラスにいつもゐて、
その後順調にプロ棋士四段になられた。


その達さんが心不全で41歳にて
夭折された時は驚いたものである。

同年の人が亡くなれば、自分もいつ死んでも
可笑しくないのだと思ふやうになる。


話がかなり横道に逸れたが、中井さんとの話に戻る。


中井さんは、小学生名人戦で準優勝した後、
奨励会の対局を見学に東京の将棋会館に来てゐた。

私が中井さんを初めて見たのはその時である。

師匠の佐瀬勇次八段に連れられて、
対局室に入つて来た。


突然のことだつたので、少し驚いたが、

随分気の強そうな女の子だな、
でもかわいい子だな、と思つた。

それが彼女の第一印象である。


それ以降、中井さんは私が奨励会を辞めるまで、
ずつと気になる存在であつた。

(続く)

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posted by あさひ at 00:00| Comment(0) | 勝負の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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