2014年09月22日

29年振りの再会 その7(最終章)

中井広恵ちゃんと.jpg

(中井広恵元将棋女流名人、女流六段と
於 埼玉県蕨市民公園)



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昨日の「29年振りの再会 その6(仄かな恋心)」
の続きとなる。

http://taiyoukansibitosuu.seesaa.net/article/405747547.html?1411252075


奨励会で二段昇段の目を逃してから、
パッとしない成績が続き、

十九歳になつてからは、転落の道を
歩んでいくことになる。

中井さんも世田谷から引つ越したこともあり、
一緒に帰ることもなくなつてゐた。


そして二十歳になつて四か月後の、
昭和六十年十二月に、遂に奨励会を
退会することになつた。

六年に亘る奨励会生活に、
ピリオドを打つことになつたのである。

棋士になるといふ、少年の頃からの夢は、
永遠に断たれることとなつた。


将棋界から去つた昭和六十年十二月に
私は大運天中殺(二十年天中殺、宿命大殺界)
に突入することになる。

そこからの二十年は、私が意図してゐたものと
全く違ふ人生が展開されていくのである。


奨励会退会後、三か月で結婚し、
色々な商売、事業を展開し、
九人の子供に恵まれた。

とても自分自身が生きてとは思へない。

私本来の人生でなく、何か別の力が
働いてゐたとしか思へないのである。


そしてこの二十年に獲得したものは
その後すべて失ふことになる。

二度にわたる経済破綻で、家族、仕事、財産、
友人、信用・・・・すべてなくなり無一物である。


とりわけ信用を失つたことは、今後生きていく上では
最も痛いことであつた。


四十歳以降も、運の後遺はあり、
未だにその影響は受けてはゐる。


しかし、幸い、経験と知識といふ無形の財産を得て、
それを活かして何とか生きてゐるといふわけだ。

「無一物中無尽蔵」といふ言葉を標語として、
自分を励まし生きてきた。

何も持たないといふことは、実に
快適な人生であることにも気づかされた。


その他、目に見えないもので得たものは
意外に大きいのである。

今後はそのことを少しでも世の為人の為に
役立てられたら良いと思つてゐる。


綺麗ごとに聞こえるかもしれないが
それが本音だ。


中井さんはその後、奨励会卒業は
叶はなかつたものの、
女流棋界での活躍は目覚ましく、

16歳で女流名人を獲得以降、
次々と女流タイトルを獲得し、
現在は女流六段。総タイトル獲得数十九期。

二十年の長きに亘り、
清水市代女流六段と共に、
中井・清水時代を築き上げた。


公式戦で男性プロに十九勝してゐるところも
凄いところで、NHK杯トーナメントで、
三度も男性棋士を負かして、

全国放送でその名を轟かせたのである。


その間、二十歳で植山悦行七段と結婚し、
三人の娘さんを儲けられた。

私は中井さん結婚の報を受けた時、
すでに結婚して子供もゐたが、
若干嫉妬の情を覚へたものである。

お相手が私が世話になつた
植山七段だつたことが救ひであつた。


植山先生には奨励会時代、当時田端ににあつた
ご自宅に呼んでいただき、ぶつかり稽古を
してゐただいたことを憶へてゐる。


植山・中井夫妻の娘さんは、
三人ともひらがな名である。

兄弟子の大野八一雄七段の一人娘さんも
やはりひらがな名。

そして私の七人の娘も
すべてひらがな名なのだ。


そして大野教室に参加してゐる、
和田あき女流プロ、(16歳)
和田はなアマ女流名人(11歳)姉妹も

やはりひらがな名で、

大野教室スタッフ、関係者の周りは、
ひらがな名の女性だらけなのである。


女の子をひらがな名にするのは、
柔らかい印象を狙つたものとするのが
普通の考へだが、

中井さんによれば、自立して生きていく
女性になるといふ意味があるらしい。


私が子供に名前を付けた時は
知らなかつたのだが、

ひらがな名は「源氏名」を意味する、
連想するところから、

少し運命的に問題があると
ある人から聞かされた。


源氏名は夜の仕事の女性が使ふ、
「芸名」であるが、

かつて遊女の身分が非常に高かつた時代、
遊女は「源氏」の女性しかなれなかつたので、
「源氏名」といふらしい。


源氏に非ざる女性は女性にあらず
といふ時代もあつたといふことだ。

昔の遊女は身分も教養も高く、
古典や書道、茶道、和歌、箏、三味線、
囲碁などの共用、芸事に通じてゐたといふ。


それならばまた、源氏名を連想させる、
ひらがな名もまた良いものではないかと
思つたりするのである。


中井さんは2007年に日本将棋連盟から
独立して、将棋女流プロの団体、

公益社団法人日本女子プロ将棋協会(LPSA)
を立ち上げ、初代代表理事に就任した。
(2014年に大会)

ここからも相当やり手の女性で
あることが窺へる。

稚内市民栄誉賞といふ名誉も得て、
埼玉県蕨市教育委員といふ立場でもあり、
文化人としての誉れも高い。

後援者も多く、政治家にもなれると
いはれてゐるのである。


先日の再会の時、中井さんに
生まれた時間を聞くことが出来た。

早速紫微斗数の命盤を作つてみると、
命宮は子(ね)の貪狼であつた。


やつぱりな・・・・といふところである。

勝負師は命宮に殺破狼(貪狼 七殺、破軍)を
持つてゐることが多いのである。

最近見させてもらつた和田あき女流二級も、
渡部愛女流初段も、命宮破軍であつた。


当に勝負師ではないか。


中井さんは命宮の三方四正には、
天魁、化権、天鉞、左輔、右弼、
禄存、文昌といふ吉星が蝟集し、

見事な命盤を形成してゐる。


そして数へ年二十二歳から
絶好の大限(10年運)が巡り、
凡そ二十年も良い運気なのだから、

女流将棋界で一時代を築く大活躍をされたのも、
運命学的に大いに頷けることであつた。


私はそんな彼女の、可憐な
少女時代しか知らなかつたので、

二十九年ぶりの再会は感慨深かつたのである。


中井さんとはいつかカラオケデートを
しやうと約束をして、その日は別れた。


その後、中井さんがツイッターで私との再会のことを
呟いてゐるのを知人に聞かされた。


・・・。今日はとっても良い事が♪ 奨励会時代の先輩がBBQに参加して下さいました〜!
「会うの何年ぶりかなー?」約30年ぶりでした^_^;・・・


私との再会を「とっても良い事が♪」と書いてゐたので、
とつても嬉しくなつたのである。

(この項終り)

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posted by あさひ at 00:00| Comment(0) | 開運の秘訣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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