
荻原 豪(おぎはら つよし)
昭和40年東京都目黒区生まれ
紫微斗数命理師 開運アドバイザー
太陽館館長 日本精神を次代に伝える会主宰
14歳の時より将棋のプロを目指して、将棋プロの養成機関である奨励会に入会。
16歳の時に健康面と精神面の充実のため、精神世界(スピリュリチュアル)の本を多数読破、
ヨーガ、瞑想、断食、願望実現法等の修業に入る。
将棋界での昇進はイマイチで18歳でプロ初段まで進むも、20歳でプロの道を断念。
その後、日本将棋連盟の準棋士(現指導棋士)として登録するも、20代半ばで完全廃業。
今はアマチュア五段程度の棋力を維持している。
20歳で結婚と同時にビジネスの世界に身を投じる。
アルミ建材物加工施工の事業から始め、コンビニエンスストア経営、NHK委託営業、
ファミコンショップ経営(4店舗)、能力開発プログラム販売、能力開発セミナー開催など事業を手掛ける。
僅か5坪の中古ファミコンショップであったが、拡大路線で年商2億、従業員20名の規模に3年ほどで到達。
しかし、競合店との競争激化、価格競争に巻き込まれた末、競争に敗れ廃業を決意、設立した会社は清算となる。
28歳で負債1億2千万で自己破産。自宅を競売にかけられ失う。妻と5人の子供を抱え、無一文となり、路頭に迷う寸前となる。
この頃は、競争社会に嫌気がさし、隠遁して農的暮らし、田舎暮らしを指向し始める。
30歳になる直前に、妻の実家を頼り、名古屋に家族と共に移住。田舎暮らしの資金を貯めるために、再度ビジネスに挑戦する。
ファミコンショップ経営時の人脈を生かし、ゲームソフトの卸売業すらスタートし、
たった一人の営業で年商3億円以上売り上げ、それを数年維持する。
さらに健康関連ビジネス(自然療法研究会を設立し、日本にハーブ療法とホメオパシー療法を広める)にも着手。
また、結婚相談所経営により、数百名の男女から恋愛、結婚相談を受ける。
この間、岐阜県の過疎村に移転して、田舎暮らしを実現。移住後、二男、七女が誕生し、計九人の子供に恵まれる。
30代前半は、精神的には鎮魂法の一つである「霊動法」の修行を始める。しかし、一年に満たず挫折。しかし、この時の師に人生上での大きな影響を受ける。
また、この時の師が、占術にも造詣が深かった為、元々好きだつた占術を研究するきっかけとなった。
30代後半になり、テレビゲーム業界の流通システムの変動により、得意先小売店の多くが廃業、売掛金の焦げ付きと、売り上げの減少に苦しみ、
ゲームソフト卸売業は廃業となり、人生二度目の経済破綻の憂き目をみる。
しかし、不屈不当の精神で再び立ち上がり、次なる手段を模索し、再び田舎を脱し都会へ戻る。
40代に入り、競馬データ配信業、競艇予想配信業、法人向け携帯電話販売業を次々と立ち上げ現在に至る。
趣味を通じて、多くの人に占い鑑定、カウンセリングをして好評を得たため、2010年6月より、
占いカウンセラーの仕事をライフワークとして始める。
中国最強の占星法と言われる紫微斗数を得意とし、十余年の研究と鑑定歴を誇る。
多くの人生経験に基づいた鑑定は、単なる占い鑑定と異なり、活きたアドバイスとして、多くの人の心の糧となっている。
また、二度の大きな破綻を乗り越えてきた経験は、最悪の状態からでも立ち直ることができるという希望を人々に与えている。
相談者に勇気と希望を与え、カウンセリングを受けた人は今後の努力の方向性と、注意すべき点が明確となり、その人に合った
開運法が示されるので希望に満ちた人生を歩むことができる。
何事も気楽に話せる、ざっくばらんな性格なので、話を聞いてもらえば心が軽くなること必定。
妻との間に二男七女の父親。今年(平成二十三年)には初孫が誕生した。(二女の子供)
長女は東京大学文学部卒業後、は大手IT企業に勤務。長男は大阪大学工学部3年生。
ほめる教育と子供の特性に合った教育を施し、教育面でも実績を上げている。現在、「普通の人が子供を東大に入れる方法」を
執筆中。
