2017年08月16日

8月15日は終戦記念日なのか?【過去記事を編集】

クリックされた人に吉運を
お分けできるよう
祈念してバナーを貼りました。


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早いもので8月も
後半に入りました。

歳を取つたせいか、
時が経つのが
本当に早く感じます。


こんな感じでは、
アっと言ふ間に

あの世行きに
なりかねない
のではと思ふと

恐ろしくもなります。


昨日8月15日は、
お盆でもありますが、

「終戦記念日」とも
されてゐて、


首相が靖国神社に
玉串料を奉納
されたことや、

超党派の国会議員が
参拝されたことが、
報道されてゐます。


しかし、8月15日を
終戦記念日と
することには、

多くの疑問も
上がつてゐます。

確かに昭和天皇の
玉音放送により、

日本の降伏が
国民に公表
されたのは、

昭和20年8月15日
正午のことで
あります。


ところが、
日本政府が

ポツダム宣言の
受諾を

連合国各国に
通告したのは、


その前日の
8月14日です。

そして、


8月15日以降も
未だ戦闘は

継続されて
ゐました。


降伏文書が
署名されたのは
9月2日ですし、

法的な戦争終結は
時代がさらに進んで

昭和27年4月28日の
ことです。


このことについて、

私が
バックナンバーで
触れたことがあるので、

それを編集して
掲載します。


〜バックナンバー編集分ここから〜

8月15日は、「終戦の日」
とされてゐます。


日本武道館では政府主催の
全国戦没者追悼式が開かれたり、

閣僚の靖国参拝が問題に
なつたりする日でもあります。


全国各地で戦没者を悼み
平和について考へる催しや
集会が開かれるやうであります。

正午には黙祷を捧げる人も
ゐることでせう。


68年前(2014年当時)の今日、

昭和天皇による、「終戦の詔書」の
音読ラジオ放送(玉音放送)が
正午だつたからです。


日本人はその時、
日本が負けたことを
知らされたのです。

なので一般的には、
終戦の日(終戦記念日)
とされてゐるのです。


しかし、本当に8月15日が
終戦の日なのでせうか。


「日本は、昭和20年8月15日に
連合国に無条件降伏した」

といふやうに思つてゐる
日本人が多いのですが、

これは国際法的には
大間違ひといへるのです。


昭和20年8月14日の御前会議により、
ポツダム宣言受諾が決定され
連合国に受諾を通告しました。


これは降伏の申し入れを
したに過ぎません。

(国家としての無条件降伏でなく、
軍隊の無条件降伏)


一般国民にそれを知らしめたのが
翌日の8月15日で、
戦争状態はまだ続いてゐたのです。


降伏は申し入れをしただけでは成立せす、
昭和20年9月2日に、
東京湾内の戦艦ミズーリ上で

降伏文書の調印が行はれた際に、
降伏は成立したのです。


ここに初めて「軍事上の戦争状態」が
終結する訳です。

「軍事上」といふところに
注目しください。


アメリカでは、9月2日を
「対日戦勝利の日(VJデー)」
としてゐるのはそのためです。


日本でも当時宮中では、
9月3日に「戦争終熄親告の儀」が、
昭和天皇により行はれてゐるのです。

これは終戦の正しい認識と
いへるでせう。


事実、8月15日以降にも
ソ連との戦闘は継続してゐました。

ソ連の「北千島作戦」は
8月15日の夜に開始され、

ソ連軍は列島北端の占守島に
侵攻しました。


日本軍は英雄的な徹底抗戦を行ひ、
千名以上の戦死者を出して、
8月23日に降伏しました。

ソ連軍の戦死者は1500名に
上るといひます。


8月15日以降も大量の
戦死者が出てゐるのです。

だのに、何故8月15日を
終戦の日といふのでせうか。

これでは戦死者も浮かばれません。


正しくは終戦の日は
9月2日といへるでせう。


しかしそれは軍事上の終戦に過ぎません。

法的な戦争状態はまだ続きます。

法的な戦争状態が終息するのは、
講和条約が発効した時です。


連合国による日本占領は
6年半の長きにわたりました。

それは戦争の継続であつたことを
認識しなくてはならないでせう。


1952年4月28日に
サンフランシスコ平和条約が
発効した時点で、

国際法上の戦争が終結しました。


しかし、ソ連と中華民国は
それに加わらなかったので、

ソ連とは1956年の「日ソ共同宣言」
により戦争状態の法的終結、


中華民国とも1952年に
「日華平和条約」を締結し、

今の中共政府(中華人民共和国)とは
その承認後、

1972年の「日中共同声明」により
戦争の法的終結が確認されたのです。


いずれにせよ、8月15日を
終戦の日とするのは
適切ではないのです。


また、終戦記念日といふのも、
可笑しな表現で、

本当は敗戦記念日だといふのが
正しいと言ふ人も居りました。

確かに日本は戦争に負けたのですから、
敗戦記念日でせう。


それを終戦と言ひ換へるのは
敗戦といふ現実から、
目を背けてゐるとも思へるのです。


この日本が降伏した言ふ厳しい現実から
目を反らしてゐるのが、今の日本です。

しかし、現実は如何に厳しくとも、
その現実から目を反らして
誤魔化しては今後の発展はありません。


個人の人生においても
同じことがいへると思ひます。

どんなに厳しい現実でも、
現実をじつと見つめ、
それを認める。


都合の悪いことから目を反らし、
臭いものにはふたのやうに
生きてをりますと、

必ず自身の運命を
損ねることになるでせう。

〜バックナンバー編集分ここまで〜

☆..*∵☆.∵☆..*∵☆∵☆..*∵☆..* ∵☆..*∵☆*∵☆..*∵☆..*☆..*☆

【受付再開!】紫微斗数個人レッスン≪あなたも3か月で運命鑑定師に≫

昨年三月で受付を終了していた
「紫微斗数個人レッスン」を再開します。

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昨年三月で一旦募集を終了したのは、
弟子の星野佳菜絵と共に、
「紫微斗数占星術士養成講座」を
開講するためでしたが、

この度、星野佳菜絵が
「おめでた」と相成り、

開講が延期となりました。

そういう訳で、以前から行っている、
「紫微斗数個人レッスン」の募集を
再開することにしたのです。

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2010年より個人レッスンを始め、
今年で七年目になりますが、
受講生も延べ百名を超え、

占い師として活躍する人も
かなり出てきています。

紫微斗数の基礎から、
鑑定できるようになるまで、

懇切丁寧に責任を持って
ご指導させていただきます。

どうぞご期待ください。

3か月で運命鑑定師として、
デビューが可能ですので、
是非ご検討ください。

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2015年08月16日

8月15日は終戦記念日?

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早いもので8月も
後半に入りました。

歳を取つたせいか、
時が経つのが
本当に早く感じます。


こんな感じでは、
アっと言ふ間に

あの世行きに
なりかねないのではと
思ふと恐ろしくもなります。


昨日8月15日は、お盆でもありますが、
「終戦記念日」ともされてゐて、

今年は戦後70年
といふこともあり、

与野党が談話を
発表してゐるのであります。


しかし、8月15日を
終戦記念日とすることには、
多くの疑問も上がつてゐます。

確かに昭和天皇の玉音放送により、
日本の降伏が国民に公表されたのは、
昭和20年8月15日正午のことであります。

ところが、日本政府がポツダム宣言の
受諾を連合国各国に通告したのは、
その前日の8月14日です。

そして、8月15日以降も未だ
戦闘は継続されてゐました。


降伏文書が署名されたのは
9月2日ですし、

法的な戦争終結は
時代がさらに進んで
昭和27年4月28日のことです。


このことについて、
私がバックナンバーで
触れたことがあるので、

それを編集して掲載します。


〜バックナンバー編集分ここから〜

8月15日は、「終戦の日」
とされてゐます。


日本武道館では政府主催の
全国戦没者追悼式が開かれたり、

閣僚の靖国参拝が問題に
なつたりする日でもあります。


全国各地で戦没者を悼み
平和について考へる催しや
集会が開かれるやうであります。

正午には黙祷を捧げる人も
ゐることでせう。

68年前の今日、昭和天皇による、
「終戦の詔書」の音読ラジオ放送
(玉音放送)が正午だつたからです。


日本人はその時、日本が負けたことを
知らされたのです。

なので一般的には、
終戦の日(終戦記念日)
とされてゐるのです。


しかし、本当に8月15日が
終戦の日なのでせうか。


「日本は、昭和20年8月15日に
連合国に無条件降伏した」

といふやうに思つてゐる
日本人が多いのですが、

これは国際法的には
大間違ひといへるのです。


昭和20年8月14日の御前会議により、
ポツダム宣言受諾が決定され
連合国に受諾を通告しました。


これは降伏の申し入れを
したに過ぎません。

(国家としての無条件降伏でなく、
軍隊の無条件降伏)


一般国民にそれを知らしめたのが
翌日の8月15日で、
戦争状態はまだ続いてゐたのです。


降伏は申し入れをしただけでは成立せす、
昭和20年9月2日に、
東京湾内の戦艦ミズーリ上で

降伏文書の調印が行はれた際に、
降伏は成立したのです。


ここに初めて「軍事上の戦争状態」が
終結する訳です。

「軍事上」といふところに注目しください。


アメリカでは、9月2日を
「対日戦勝利の日(VJデー)」
としてゐるのはそのためです。


日本でも当時宮中では、
9月3日に「戦争終熄親告の儀」が、
昭和天皇により行はれてゐるのです。

これは終戦の正しい認識といへるでせう。


事実、8月15日以降にも
ソ連との戦闘は継続してゐました。

ソ連の「北千島作戦」は
8月15日の夜に開始され、

ソ連軍は列島北端の占守島に侵攻しました。


日本軍は英雄的な徹底抗戦を行ひ、
千名以上の戦死者を出して、
8月23日に降伏しました。

ソ連軍の戦死者は1500名に上るといひます。


8月15日以降も大量の
戦死者が出てゐるのです。

だのに、何故8月15日を
終戦の日といふのでせうか。

これでは戦死者も浮かばれません。


正しくは終戦の日は
9月2日といへるでせう。


しかしそれは軍事上の終戦に過ぎません。

法的な戦争状態はまだ続きます。

法的な戦争状態が終息するのは、
講和条約が発効した時です。


連合国による日本占領は
6年半の長きにわたりました。

それは戦争の継続であつたことを
認識しなくてはならないでせう。


1952年4月28日に
サンフランシスコ平和条約が
発効した時点で、

国際法上の戦争が終結しました。


しかし、ソ連と中華民国は
それに加わらなかったので、

ソ連とは1956年の「日ソ共同宣言」
により戦争状態の法的終結、


中華民国とも1952年に
「日華平和条約」を締結し、

今の中共政府(中華人民共和国)とは
その承認後、

1972年の「日中共同声明」により
戦争の法的終結が確認されたのです。


いずれにせよ、8月15日を
終戦の日とするのは
適切ではないのです。


また、終戦記念日といふのも、
可笑しな表現で、

本当は敗戦記念日だといふのが
正しいと言ふ人も居りました。

確かに日本は戦争に負けたのですから、
敗戦記念日でせう。


それを終戦と言ひ換へるのは
敗戦といふ現実から、
目を背けてゐるとも思へるのです。


この日本が降伏した言ふ厳しい現実から
目を反らしてゐるのが、今の日本です。

しかし、現実は如何に厳しくとも、
その現実から目を反らして
誤魔化しては今後の発展はありません。


個人の人生においても
同じことがいへると思ひます。

どんなに厳しい現実でも、
現実をじつと見つめ、
それを認める。


都合の悪いことから目を反らし、
臭いものにはふたのやうに
生きてをりますと、

必ず自身の運命を
損ねることになるでせう。

〜バックナンバー編集分ここまで〜

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◎開運効果抜群の特殊方位術

→ http://taiyoukan.0ch.biz/wp/sub2/

◎紫微斗数個人レッスン再開しました≪あなたも3か月で運命鑑定師に≫

→ http://taiyoukan.lovepop.jp/kaiunkantei/?p=238

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2014年12月11日

十二月八日(世界中が歓喜した日)その4

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昨日の「十二月八日(世界中が歓喜した日)その3」の続きとなります。

http://taiyoukansibitosuu.seesaa.net/article/410372032.html?1418169497


「大東亜戦争、こうすれば勝てた 」といふ、
小室直樹氏と日下公人氏の対談本があります。
(講談社プラスアルファ文庫)

私がこの本を読んだのは、1995年のことですが、
目からうろこが落ちました。


日本が戦争に負けたのは、圧倒的物量と経済力のためで、
初めから到底勝ち目のない戦争に、軍部の横暴により
引き摺りこまれた・・・

そもそも勝てるはずがない戦争を
始めてしまったといふ考へが一般的です。


私も学校ではそのやうに習つたと記憶してゐます。
そしてずつとさう思つてゐました。

基本的な国力の差(当時のGDP比 米:日=100:9)
ではどうしやうもないではないかと。


小室直樹氏と、日下公人氏は言ひます。
「あの戦争は、勝てた戦争だったのだ!」と。

日本の敗戦は、B29の空襲や原爆投下のみではないやうです。
そして、敗戦は必ずしも必至といふわけでは
なかつたことを知り、大変驚きました。


日本にも勝機はいくつもあつたやうです。勝つと言つても、
アメリカ本土に攻め込んだり、アメリカを占領するとか、
さういふ意味での勝ちといふことではありませんが。

頭が柔らかくないとついていけないかもしれませんが、
この本はとても楽しく読むことができます。


「真珠湾攻撃は不十分だった」
「ハル・ノートは受け入れても良かった」
「三国同盟を破棄すれば、ドイツは喜んだ」

「日本はオランダとだけ戦争すれば良かった」
「支那事変はどう終わらせれば良かったか」
など、興味深い内容満載です。


軍事マニアの人たちは、この本について
かなり批判してゐるやうですが、

かういふ見方もあると知ることは、
個人の運命や生き方を考へる上でも
参考になると思ひます。


過去から学ぶ、歴史から学ぶといふことが
とても大切なのではないでせうか。

私も十代の頃から失敗続きで、取り返しのつかないやうな
失敗をたくさんしてきました。今から思ふと、

ああして措けば良かつた、かうして措けば良かつたと思ふのです。


歳を取つた今の知識や見識があれば、
そんな失敗をしなくても済んだ筈なのです。

それを後の祭りと言ふ人もいるでせうが、
今に活かすことはできます。


現在は現在で、新たな問題が出てきてゐます。
その問題を今立つてゐる平面的な視点からだと
とても解決できないやうに思へるのですが、

物事を一次元上から俯瞰してみたり、十年後の
自分になりきつて現在の自分を眺めてみると、
今打つべき正解の手段が見えて来るものです。


十年後の成功して、幸福になつてゐる自分を想像して、
その立場で現在を眺めてみるわけです。

これはとても有効な方法で、試してみられると良いでせう。
今何をなすべきかが、見えて来ることでせう。


話は戦争のことに戻ります。

日本は戦争に勝てる可能性はあつた、
決して無謀なものではなかつたとは、
本当にさう思ひます。

でも、それでもやはり日本は勝てなかつた
といふのが今の私の考へです。


大きな歴史上の流れでみれば、日本は
負ける運命であつたといふことです。

第一、日本は和の国ですし、女性原理の国でありますから、
軍事力で世界の頂点に立つと言ふことは相応しくありません。

(しかし、軍備そのものは必要です。
軍備は戦いを起さない為にあります。
敵を攻撃する為ではありません。

また、国威の象徴と言ふ意味もあります)


戦争に負けた理由でひとつ言へることは、
わが日本人の中に、国を売つて自ら栄へたといふ
一群の人たちがいたからです。

同じ日本人として信じられない気持ちですが
事実だつたやうです。


彼らは軍人もしくは軍人の身内であつたり、
財閥関係であつたり、宗教家であつたりしました。

国全体が敵国の諜報網の中にあつたやうなものです。
これが日本が負けた一番大きな理由ではないでせうか。


日本は国力が劣るから、日本人が弱いから負けたのではない、
といふことだけはハッキリさせて措かなくてはならないと思ひます。


☆..*∵☆.∵☆..*∵☆∵☆..*∵☆..* ∵☆..*∵☆*∵☆..*∵☆..*☆..*☆

本日の言葉

息を吸いつつ、心と体をしずめる

息を吐きつつ、ほほえむ。

息を吸いつつ、その瞬間に住まう

この瞬間は二度と訪れない

―ティク・ナット・ハン

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