2014年12月11日

十二月八日(世界中が歓喜した日)その4

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昨日の「十二月八日(世界中が歓喜した日)その3」の続きとなります。

http://taiyoukansibitosuu.seesaa.net/article/410372032.html?1418169497


「大東亜戦争、こうすれば勝てた 」といふ、
小室直樹氏と日下公人氏の対談本があります。
(講談社プラスアルファ文庫)

私がこの本を読んだのは、1995年のことですが、
目からうろこが落ちました。


日本が戦争に負けたのは、圧倒的物量と経済力のためで、
初めから到底勝ち目のない戦争に、軍部の横暴により
引き摺りこまれた・・・

そもそも勝てるはずがない戦争を
始めてしまったといふ考へが一般的です。


私も学校ではそのやうに習つたと記憶してゐます。
そしてずつとさう思つてゐました。

基本的な国力の差(当時のGDP比 米:日=100:9)
ではどうしやうもないではないかと。


小室直樹氏と、日下公人氏は言ひます。
「あの戦争は、勝てた戦争だったのだ!」と。

日本の敗戦は、B29の空襲や原爆投下のみではないやうです。
そして、敗戦は必ずしも必至といふわけでは
なかつたことを知り、大変驚きました。


日本にも勝機はいくつもあつたやうです。勝つと言つても、
アメリカ本土に攻め込んだり、アメリカを占領するとか、
さういふ意味での勝ちといふことではありませんが。

頭が柔らかくないとついていけないかもしれませんが、
この本はとても楽しく読むことができます。


「真珠湾攻撃は不十分だった」
「ハル・ノートは受け入れても良かった」
「三国同盟を破棄すれば、ドイツは喜んだ」

「日本はオランダとだけ戦争すれば良かった」
「支那事変はどう終わらせれば良かったか」
など、興味深い内容満載です。


軍事マニアの人たちは、この本について
かなり批判してゐるやうですが、

かういふ見方もあると知ることは、
個人の運命や生き方を考へる上でも
参考になると思ひます。


過去から学ぶ、歴史から学ぶといふことが
とても大切なのではないでせうか。

私も十代の頃から失敗続きで、取り返しのつかないやうな
失敗をたくさんしてきました。今から思ふと、

ああして措けば良かつた、かうして措けば良かつたと思ふのです。


歳を取つた今の知識や見識があれば、
そんな失敗をしなくても済んだ筈なのです。

それを後の祭りと言ふ人もいるでせうが、
今に活かすことはできます。


現在は現在で、新たな問題が出てきてゐます。
その問題を今立つてゐる平面的な視点からだと
とても解決できないやうに思へるのですが、

物事を一次元上から俯瞰してみたり、十年後の
自分になりきつて現在の自分を眺めてみると、
今打つべき正解の手段が見えて来るものです。


十年後の成功して、幸福になつてゐる自分を想像して、
その立場で現在を眺めてみるわけです。

これはとても有効な方法で、試してみられると良いでせう。
今何をなすべきかが、見えて来ることでせう。


話は戦争のことに戻ります。

日本は戦争に勝てる可能性はあつた、
決して無謀なものではなかつたとは、
本当にさう思ひます。

でも、それでもやはり日本は勝てなかつた
といふのが今の私の考へです。


大きな歴史上の流れでみれば、日本は
負ける運命であつたといふことです。

第一、日本は和の国ですし、女性原理の国でありますから、
軍事力で世界の頂点に立つと言ふことは相応しくありません。

(しかし、軍備そのものは必要です。
軍備は戦いを起さない為にあります。
敵を攻撃する為ではありません。

また、国威の象徴と言ふ意味もあります)


戦争に負けた理由でひとつ言へることは、
わが日本人の中に、国を売つて自ら栄へたといふ
一群の人たちがいたからです。

同じ日本人として信じられない気持ちですが
事実だつたやうです。


彼らは軍人もしくは軍人の身内であつたり、
財閥関係であつたり、宗教家であつたりしました。

国全体が敵国の諜報網の中にあつたやうなものです。
これが日本が負けた一番大きな理由ではないでせうか。


日本は国力が劣るから、日本人が弱いから負けたのではない、
といふことだけはハッキリさせて措かなくてはならないと思ひます。


☆..*∵☆.∵☆..*∵☆∵☆..*∵☆..* ∵☆..*∵☆*∵☆..*∵☆..*☆..*☆

本日の言葉

息を吸いつつ、心と体をしずめる

息を吐きつつ、ほほえむ。

息を吸いつつ、その瞬間に住まう

この瞬間は二度と訪れない

―ティク・ナット・ハン

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2014年12月10日

十二月八日(世界中が歓喜した日)その3

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昨日の「十二月八日(世界中が歓喜した日)その2」の続きとなります。

https://blog.seesaa.jp/cms/article/edit/input?id=410280712


ミッドウェー海戦での大敗以降、日本軍は連戦連敗で、
ガダルカナル島撤退、サイパン島陥落、硫黄島玉砕、
本土空襲、沖縄陥落と続き、

広島、長崎への原爆投下を経て我が国は敗戦しました。


しかし、日本は本当に負けたのでせうか。

答は否!といへば、驚かれるでせうか。
或いは頭が変か、強弁ととられるでせうか。


確かに日本軍は、米英支蘇をはじめとする
連合国に無条件降伏したことになつてをります。

この無条件降伏といふところも問題があるのですが、
勝ち負けの定義の問題があります。

一般的な常識では、戦争に勝つとは、
戦闘に勝つといふことになるでせう。


素朴に考へればさういふことになりますが、
『戦争論』の著者であるクラウゼウィッツによれば、
「戦争に勝つ」とは戦争目的を達成することなのです。

もし、そのやうに考へるとすると、日本の戦争の目的が、
「アジアの解放」だとすると、この戦争に勝つたと言へるのです。


大東亜戦争の結果、欧米帝国主義諸国の圧政の下で
苦しみ呻いてゐたアジア諸民族は独立を達成しました。

さらにアフリカに至るまで多くの国が独立し、
旧宗主国と対等に付き合へるやうになつたのです。

これは、前の大戦以前は想像もできなかつたことなのであります。
イギリス、フランス、オランダをはじめとする
ヨーロッパ帝国主義諸国は惨敗です。植民地は全て失ひました。


アメリカはフィリピンを失ひ、(元々フィリピンは1946年に独立予定)
中国は赤化してアメリカかに離れました。

ソ連は独り勝ちしたやうですが、長い目で見ると共産主義は崩壊し、
ソ連といふ国は無くなつてしまひました。

戦闘では惨敗でしたが、「アジアの解放」が戦争目的であるとすれば、
日本は疑ひもなく大勝利といへるのです。

言葉の定義といふことはとても大切なことです。
議論がかみ合はなかつたり、対立が起るのは、
互ひの言葉の定義が違つてゐることからくることが多いやうです。

特に、「神」とか「幸福」とか「宗教」とか「幸福」など
目に見へないことは、人それぞれの定義がありますので、

初めに定義をはつきりさせて措かないと誤解を招いたり、
論争になることがあります。

個人にレベルでも定義をハッキリさせて措くことは必要で、
例へば、私にとつての「幸福」とは、今日一日を生き抜くことと
定義してありますので、

今日一日無事生き切れば幸福といふことになりますから、
生きてゐる限りはいつでも幸福なわけです。

親よりも金持ちになれば幸福とか、病気をしなければ幸福とか、
あの人と結婚出来れば幸福とか、幸福の定義は
人それぞれ異なるものです。


話を戻します。日本の戦争目的が「アジアの解放」であつたことは、
宣戦の大詔からいふと定義から外れますが、昭和16年12月10日の
大本営政府連絡会議では、

「この戦争はアジア諸国における欧米の
植民地支配の打倒を目指すものである」

と規定してゐますから、やはり日本の戦争目的は
アジアの解放であつたのは疑ひありません。


戦争には色々な側面があり、単純に語ることはできません。
古今東西、誰でも戦争は嫌ひですし、
(軍人で戦争が好きな人もいるかもしれませんが)
戦争は悪いことと思つてゐます。


しかし、いつの世でも戦争はありました。

良いとか悪いとか簡単に決めつけることはできません。

様々な視点から、様々な次元から戦争をみつめてみる
必要があると思ひます。


反省したり、戦争の悲惨さを語り継ぐことも大切でせうが、
それだけで戦争はなくなるものではありません。


もつと根源的な部分から戦争とは何か、何故戦争は起るのかを
考へてみないと、戦争はなくならないと思ひます。

とりあえづ、前の戦争を知るためによいと思はれる本は、
山岡荘八の「小説太平洋戦争」(講談社文庫 全9巻)です。

山岡荘八は「徳川家康」で有名な大衆小説家ですが、
大東亜戦争中は従軍記者をしてゐたこともあり、
とても良い内容になつています。


私はこの本を読んで大変勉強になり、とても感銘を受けました。
全日本人に是非とも読んでもらいたい書です。

これで前の戦争のことがすべて判るわけではないですが、
前の大戦の格好の入門書といへるでせう。

(未完)

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2014年12月09日

十二月八日(世界中が歓喜した日)その2

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昨日の「十二月八日(世界中が歓喜した日)」の続きとなります。

(2011年12月9日のブログより)


七十年前の十二月八日は、日米開戦の日でした。

日本軍はハワイの真珠湾の
アメリカ太平洋艦隊を攻撃しました。

しかし米国に通告しない奇襲だつたので、米国民は
「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」を
合言葉に怒りを燃え上がらせたのです。


日本は汚い国というレッテルを
張られてしまひました。

日本は攻撃の前に米国に開戦通告
するはずだつたけれど、

在米日本大使館の事務怠慢で
開戦に間に合はなかつたといふ
通説はありますが、真偽のほどは判りません。


帝国海軍の「奇襲」攻撃を米国政府が
知つていたかどうか、歴史学界では未だに
決着がついてゐないのですが、

当時のルーズベルト大統領部が知つてゐたことは、
数々の状況証拠から否定できないと思へます。


アメリカ国民は第一次世界大戦以降、
戦争には嫌気がさしてゐました。
戦争には大反対だつたのです。

ルーズベルトは戦争は絶対にしないことを
公約に大統領に当選したのです。

しかし、米国政府は「奇襲」攻撃されることを
望んでゐました。正式にヨーロッパの戦争に
参加したくてうずうずしていたのです。


真珠湾攻撃の一報を聞いたイギリスのチャーチル首相は、
これで救われたと安堵したと言はれてゐます。

「リメンバーパールハーバー」は、ルーズベルトの
陰謀であつたことは、いずれ解明されることでせう。


本日付(2011年12月)の東京新聞にも
「旧海軍の暗号方式 真珠湾前に解読 
米軍史料発見で新説」

といふ見出しで、「報告書には暗号方式を
『真珠湾攻撃の前に解読できていた』と明記している」

とありますから、やはり米国は真珠湾攻撃を
事前に知つていた訳です。


この日を境に、日本国民は戦争に巻き込まれ、
暗黒の時代に突入、そしてそれは軍国日本の、
指導者や軍人達が主導したものと思はれがちですが、

必ずしもそればかりではないやうです。


昭和16年12月8日の宣戦布告のニュース
「臨時ニュースを申し上げます。帝国陸海軍は今八日未明、
西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。 」が

ラジオで流れると、日本中が狂喜したのです。


国民が戦争を望んでゐるといふニューマ
(空気、ムードと言つたところでせうか)
がありました。

それほど国民の生活は苦しく、
追ひつめられてゐたといふことでせう。

日本人は元々好戦的ではなく、平和で大人しい
農耕民族なのですが、追ひ詰められたら
何を仕出かすか判らないといふ面もあるのでせうか。


太宰治は、この日の日記を次のやうに書いてゐます。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/253_20056.html


十二月八日。早朝、蒲団の中で、朝の仕度に気がせきながら、
園子(そのこ)(今年六月生れの女児)に乳をやっていると、
どこかのラジオが、はっきり聞えて来た。

「大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は今八日未明
西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。」

 しめ切った雨戸のすきまから、まっくらな私の部屋に、
光のさし込むように強くあざやかに聞えた。

二度、朗々と繰り返した。それを、じっと聞いているうちに、
私の人間は変ってしまった。強い光線を受けて、
からだが透明になるような感じ。

あるいは、聖霊の息吹(いぶ)きを受けて、
つめたい花びらをいちまい胸の中に
宿したような気持ち。

日本も、けさから、ちがう日本になったのだ。

(引用ここまで)


多くの日本人がこのやうな心情を持つたのです。

宣戦布告のニュースに引き続いて、ハワイ真珠湾攻撃の
大戦果発表(・・・米太平洋艦隊壊滅・・・)があり、
歓喜と興奮につつまれてみんな万歳を連呼したのです。

一部の指導者だけが悪かつた訳で無く、
戦争は国民の総意でもありました。
(勿論、戦争反対の人もいましたが)


緒戦は連戦に次ぐ連勝でした。真珠湾攻撃の二日後には、
マレー沖海戦において、当時世界最強の海軍といはれた
イギリス海軍の、当時最新鋭艦である

戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスを、
日本海軍の双発の陸上爆撃機を撃沈したのです。

後に当時のイギリス首相のウィンストン・チャーチルは、
このことが「第二次世界大戦中にイギリスが最も大きな
衝撃を受けた敗北だ」と語らしめました。


その他にも、連合国軍の拠点(植民地)であるマレー半島、
フィリピン、ボルネオ島、ジャワ島とスマトラ島などに於いて
イギリス軍・アメリカ軍・オランダ軍などの連合軍に対し

圧倒的に優勢に戦局を進め、日本陸軍も瞬く間に
イギリス領であったシンガポールやマレー半島全域、

同じくイギリス領の香港、アメリカ合衆国の植民地であつた
フィリピンの重要拠点を奪取したのです。


シンガポールの陥落は英国にとつての打撃は大きく、
欧州の東アジア支配の終焉を意味してゐたともいへるほどの
重大な影響を与へたのです。

皇軍の向かふところ敵なしでありました。

しかし、わが皇軍も、昭和17年6月のミッドウェー海戦での
敗北を転機に戦線は次第に後退していくのです。

(未完)

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