2010年10月10日

五女の病と奇跡その1

こんばんは、太陽館の荻原です。

六番目に生まれた五女が生まれたのは、阪神の震災、オウム真理教事件などがあり、激動の1年となった1995年10月のことです。
その年は私は千葉県でのテレビゲームショップ事業4店舗展開をすべて清算し、(負債1億2千万円)無一文になりながら妻の実家を頼り、名古屋の新天地にて人生の再建を図ることになったのです。
名古屋にには8月初旬に身重の妻と5人の子供を引き連れ移動。間もなく私は30歳になりました。すぐに私は家族のために超多忙の生活を送ることになりました。
その年の夏はとてもとても暑い夏でした。今年の夏は異常に暑かったと皆言いますが、私にとっての体感温度は当時の暑さの方が断然厚いように感じられます。
(まあ名古屋というところが体感温度世界一であるということもあるのですが・・・)
そして2ヶ月後五女が生まれたのました。四女、五女は経済的に相当苦しい時に生まれたのですが、私たち夫婦は子供を産むことにためらいはありませんでした。
経済的理由で子供を産めないという人は多いのですが、子供が生まれてくるということは、必ず食い扶ちを背負って生まれてくるものです。だから全然問題ないと考えています。貧乏人の子沢山と揶揄されても、実際苦しいながらも食い扶ちに困ったことはありません。むしろ子供は食い扶ちだけでなく、福を家族にもたらしながら生まれてくるのではないかと思います。なので、私は経済的理由による中絶には反対の立場を取っています。

五女が生まれてから仕事はますます多忙を極めましたが、経済面も徐々によくなり、五女もすくすく育っていきました。笑顔のとてもかわいい、今まで一番かわいい赤ちゃんでした。
生後六ヶ月たった経った春の日、五女は風邪を引いて高熱を出しました。今までの五人の子も乳児時代に風邪を引くくらいのことはあったので、そんなに気にしませんでした。
(三ヶ月くらいまでの嬰児は免疫力が強いので実際風邪を引くことはほとんどありません)ところが、普通なら2〜3日で引くはずの熱が4.5日経っても全然下がらないのです。
そこで、近くにある個人医院に駆け込んで診察を受けましたが、ただ風邪とのことで薬を処方してもらいました。
それでも熱は下がりません。毎日笑顔を振りまいていた娘の笑顔が消え去りました。(その笑顔を回復するのは数ヶ月後のことです)
高熱が下がらず一週間を経た夜のことでした。ついに娘はひきつけをを起こしました。夜中でしたが、義父に大学病院に車で乗せてもらい即入院となりました。
運ばれた娘を見て、看護師さんの様子もおかしく、あわてていた様でした。その様子から私はこれは危ないのだなと悟り、医師より「今夜がヤマです」と聞かされ、私は覚悟しました。一方目の前が真っ暗になり、なんと命とははかないものだと思ったのです。ここまで放っておいた私の過失もあります。絶望とわずかにともる希望のはざまで過ごした一夜のことは今では記憶も薄れつつありますが、それはもうその時の頭が真っ白でからっぽになっていたからなのでしょう。(つづく)

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今日の言葉
「宇宙は豊かです。欠乏体験は欠乏思考の結果によるもの。あなたが受け入れるなら人生はあなたの面倒を見てくれるものです」
アラン・コーエン著「願う力で運命は変えられる」ダイヤモンド社刊より引用
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posted by あさひ at 22:36| Comment(0) | ヒーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする